2017年(平成29年)8月放送予定
8月10日(木):第五十九回:活字と文化
話者:センセイ、マッサン
書はおろか、手書きそのものが限りなく扱われなくなった現代。目にする文字は活字であるフォントで締められる。そのフォントがどういう趣で設計されているかという話をしだすマッサン。識字性に傾倒しており、文字構造に美を欠いている現状を語る。嘗ては文字構造ありきから識字性へと移行する過程があり、文字の美しさを維持しつつ識字性を高める為の省略等はされたが、今は構造より識字に傾いているのがフォントや活版印刷はおろか看板やテロップ津々浦々に至るまで氾濫していくことに懸念を表する。センセイは手書きのレベルはあるものの、味わいが無くなったと語り、活字から見られる文化の話におよぶ。
8月20日(日):第六十回:思考と嗜好
話者:センセイ、マッサン、トッチャン
本質的には人はわかり合えないものだということが感じられたと語るマッサン。それは己すら、自意識で仕上がった嗜好と、自らの肉体が発起する嗜好、持っているモチモノ、これらは人によってマチマチな現実がある。センセイは、指導者というのは、体質を見て、性質を把握し、言いたいことを理解出来る範疇に絞り、その上で道を示せるようじゃないと務まらないと応える。本質的には肉体が発起するものが自分に向いているが故に続き、伸びるが、意識によって出来た趣味嗜好も無駄ではなく、フィードバックすることで創作の幅や変化に繋がると。話はセンセイが挿絵を描くことの経緯に展開し、転がっていく。
8月30日(水):第六十一回:走れメロス
話者:センセイ、マッサン、トッチャン
太宰治の名作「走れメロス」の読後感想会をトッチャンと行う。センセイは横になりながら二人の会話を聞く。互いに第一印象から。共通点として授業で読んだ時とは印象がかなり違うこと。トッチャンは強い印象を残し「人間失格」を手にした後から本格的に太宰治に惹かれていったと振り返る。マッサンは「走れメロス」を長い間「人間失格」の太宰治とは別人だと思っていたことを思い語る。センセイは「どういう物語?」と問い、トッチャンが語る。センセイは実話である「マラトンの戦い」を上げ、三人は過去の思い出を絡めながら感想を述べ合う。
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